2007年06月29日

警察官のあきれた対応。

27日水曜の昼前、町内の県道でスピード違反の取り締まりにあった。制限速度40kmのところ、21kmオーバーで運転していたため、敢え無く御用となってしまったのだが・・。  スピード違反の取締りを受けたのは何年ぶりのことで、何でこんな!なんて思ってもみたが、違反は違反なので素直に聴取をされていたのだが・・。  狭い警察車両の隣りにはすでに先客がいて違反キップを切られていた。 見れば顔見知りの御仁であった。  〇△さんは何キロオーバーだったんですか?と、挨拶代わりに声を掛けたところ・・1△キロオーバーだ!との返事だった。  ここまではごく普通の会話と状況だったのだが・・、その疑念はその御仁の処理が終わり帰り際の警察官との会話を聞いた時に起こった。  その御仁が警察官に、後で免許証を署まで持って行けばいいんだね・・と言った。 その警察官は、そうして下さいと言ったのだ。  僕はその警察官に、免許証不携帯ならあの人は運転して行けないでしょう!と話した。 その警察官は僕と目を合わそうとはせず、かつ無言であった。 僕がさらに、不携帯でも柔軟に法運用してるのか?と訊ねると・・、そういうことですとその警察官はノタまった。 自分で取り締まられたイライラもあったが、少なくとも非を認めてキップ発行の手続きに素直に従っている僕の脇で、その警察官は堂々と素人?の僕に道交法の柔軟運用を認めたのだ。 あきれる対応である。 道路交通法第95条は、「免許証の携帯義務」について定めている。  免許証不携帯で検挙された場合、直ちにその車両から降りるように指示され、それ以降の運転の継続は認められないことは、僕でなくとも周知の事実である。  その御仁が町内の俗に言うお偉いさんだから、警察関連の団体会員だから、大目に見たわけだ!・・・なぁ~んでいうふうに思われそうな、疑惑な対応に出くわした。


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2007年06月18日

ターコイズブルー。

中学の進学祝いが腕時計、高校の進学祝いが万年筆という時代に僕は育ってきた。 当時、腕時計と万年筆のTVコマーシャルが春先には頻繁にながれていたのを思い出す。 何も学校の授業で使うわけでもないのだが、高校進学の時には、親戚や近所のおばさんから3~4本の万年筆をもらった記憶がある。 その当時のものは、どこへいったか分からないのだけれど・・、今、僕の手元には、ささやかではあるが20数本の万年筆のコレクションがある。 議員秘書として社会人になって2年くらい過ぎたある日、同郷だからという理由でわざわざ僕を訪ねて、文部省を案内してほしいと頼まれたことがあった。 当時僕が仕えていた代議士の選挙区外の方ではあったのだが、できる限りのアシストをさせてもらった。 後日、一通のお礼状をいただいた。 先日はありがとう・・あなたの活躍を祈る・・とインクで書かれたハガキを見た時の思いは今も忘れない。 その時以来、僕も、お礼状などは万年筆を使うようになった。節目節目で、特別な思いを綴る言葉を書くには・・ペン先が中太の万年筆がいい。 ここ15年程は、家内からもらった、ボデイにShunと刻まれたPARKERを愛用をしている。 若い頃は地味なブルーブラックのインクを使っていたが、現在は年甲斐もなく・・ターコイズブルーを使っている。 重い感情もターコイズにかかると、爽やかに・・そして軽快に伝えられるような気がするからだ。 お世話になった人たちに、頑張って暑中見舞いでも書いてみようか・・でも、やっぱり3,868通を手書きするのは無理かぁ~(笑)な~んて・・・思ったりしている今日この頃である。


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2007年06月15日

チョイ悪おやじ。

少し前から言われ始めた新語に、チョイ悪おやじというのがある。 本屋の雑誌コーナーでも、チョイ悪おやじの休日とか、チョイ悪おやじ風ファッションとか、TVコマーシャルなど・・いろんなメディアがチョイ悪を持て囃してる。  そんなこんなで僕の周りにも、それらしき輩(笑)がやたら目に付くようになった。 ストレートジーンズ(時にはチノパン)に開襟シャツ、そして麻のジャケット・・でキメる(自分ではキマったーと思ってるらしい)男どもが増えている。  それはそれでイイことだろうが、なぜか?違和感があるのはどうしてだろうか!  そもそもチョイ悪の概念って何なのだろうか?と、ひねくれた考えになるのは僕だけだろうか。  自分ができないファッションを恨む訳ではないが・・デフレなどさまざまな事情でファッション単価が安くなってしまったことに危機感を持ったファッション業界が、スーツを脱げば普段着はスウェットか、せいぜいゴルフウェアーしか着ない中年おやじたちを寄ってタカってたぶらかしてるような気がしてならない。 チョイ悪おやじを世に出したことで知られる雑誌「LEON」編集長、御歳72歳の岸田一郎氏も新聞紙上で・・チョイ悪おやじなんて実在しない虚像なんだと言ってる・・のだが・・。 週末夜ともなれば、のどかな田舎町でも、ホントの無精ひげ(笑)をはやしたチョイ悪を気取ったおやじたちが、つかの間の非現実を求めて飲み屋さんへたむろする。  カッコいい!似合うとばかりに、チョイ悪ママ(中には悪ママもいるが・)が囃し立て、ここぞとばかりに唄ったカラオケが・・・北の漁場・・だった。 よッ!サブちゃん・・と、カウンターのおやじから合いの手が入る・・・、そんな場面に出くわした。   帰り道、見上げた空は星がきれいだった。 平和?なのかなぁ~、いやどこかが壊れてる!と思った今日この頃である。


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2007年06月14日

町民感覚の合併。

異常気象だろうか、この時期にはめずらしくとにかく暑い日が続く。 そんな中、挨拶に行ったところで奥さん方数人がお茶をしてた。 選挙ではいろいろお世話になり、ありがとうございました・・と僕が言うと、松森さん、あんたは鶴田と合併するって言ったから負けたんだぉん・・と、あるご婦人が言ってきた。 僕は、以前同様の応対をした。 合併相手が弘前市だろうと、藤崎町だろうと、鶴田町だろうと構いません。 要は対等な立場で合併できる相手ならいいんです・・、鶴田町と合併するとは一言も言ってませんと。  そうしたらそのご婦人がたたみ掛けるように・・それならそうと、弘前市と合併するって最初から言えばいがったきゃ!それがはっきりしねはんでまねがったんだぉん・・。  この時点でこのご婦人は僕を支持してくれなかったことがわかったし、これ以上話しても理解できないと思ったので・・そうですね・・と言って笑ってかわすしかなかった。  以前にも書いたと思うが、これが普通の町民感覚なのだろうと思うしかない。 対等ではなく、吸収される合併なら、破たんした自治体と変わらないし、吸収合併でいいなら明日にでも相手が決まることだろう。 4月の町長選を振り返れば、かなりの町民が弘前市を見ていたことは百も承知である。 しかし、そもそも町民が望んだ弘前市との対等合併のプロセスをいち早く離脱したのは誰ったのかを・・当時、弘前市長が板柳役場まで来て、町長に対等合併を働き掛けたのを断り、町民アンケートの結果を歪曲し、鶴田町との合併へ動いたのは誰だったのかを・・、挙句の果てに難癖をつけて鶴田町との合併を破談にしたのは誰だったのかを、この人たちは忘れてしまったのかと疑いたくなる。  6月町議会で、複数の与党町議が本会議などで合併について町長に質したそうである。 その中で、弘前市も藤崎町も合併間もないので暫くは難しい・・と、町長が答弁したと聞いた。 質問した町議さまは、このことをどう受け取ったのだろうか。 6月議会閉会の打ち上げの酒宴で酔って過ぎれば、ハイ終わりだろうか(冷笑)。  複雑な制度を理解できない町民はさることながら、少なくとも町民の代表たる町長や町議の責任は重大だ。 町長も町議も南、南と言ってれば、町民を黙らせられると思っているのなら大間違いだ。 本気で弘前市との合併を目指すなら、まだ可能性は残っていると僕は思う。 しかし、弘前市民19万人が板柳町との合併を望んでいると勝手に思い込むのも稚拙極まりないことだと肝に銘じるべきである。 あり難い(笑)ことに、町幹部もこのHPを閲覧し、酒の肴にしているらしいので一言言いたい。 町が瀕死の状況なのは、あなたたちだから一番わかることだろう。 せめて町民の代表?たる町議には、難しいことだろうが、現状を隠さずきちんと見せてほしいものである。 結果、町民感覚の精度も上がっていくことだろう・・・なぁ~んて、遠吠えしている今日この頃である(自嘲)。 無理かなぁ~・・。
    


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2007年06月12日

ホテル・カルフォルニア(イーグルス)。

僕が大学1年の夏休み、お盆に帰省することなく、ずっと目をつけていたホンダのシビックを手に入れるために、8月9月と死に物狂いでバイトした。 今にして思えば短絡的過ぎたけど、行動範囲を広げるためには、車がないとダメ・・と思っていたのかもしれない。 近くに居た叔父の車をいつも乗り回していたために、都内の土地勘は完璧に近かった。 はじめて持った自分の車を駆って、学校へバイト先へといつもドライブを楽しんでいたものだった。 そんな中、仲間とつるんで蓼科高原まで、サークルの旅行の下見に行くことになったのだが、僕の運転を不安に思ってか誰も僕の車に同乗しようとしなかった。 今の若い人たちは驚くだろうけど、当時はカーステレオなんて標準装備じゃなかった時代・・。  夜明けの朝もやの中を走りながら、ラジオから流れる・・「ホテル・カルフォルニア」に聞き入ったことを思い出す。 'Please bring me my wine' 「ワインを持ってきてくれないか」 He said, 'We haven't had that spirit here since nineteen sixty nine' 彼は言った「そのようなスピリットは1969年以降一切ございません」  ホテル・カルフォルニアの歌詞で一番比喩的な歌詞である(解説は省く)。 大学生の息子がバイトに精を出しているのを知り、ふと思い出したホテル・カルフォルニアだった。 まさか息子も車を狙っているのではあるまいが・・・と思った今日この頃である。


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2007年06月08日

鎌倉の散策。

家内に誘われて家内の古くからの友人2人と一緒に、女3人と僕の鎌倉散策が始まった。 
JR鎌倉駅から小町通りを歩きながら、まずは鶴岡八幡宮へ・・と思いきや、途中の豆やさんで数々の試食をこなして豆を買う・・。 

両側の土産屋を冷やかしながら着いた八幡様は、正面の御太鼓橋は通れなくなっていたけれど、修学旅行の子供たちが織りなす喧騒を除いては、以前同様の鎮守の杜だった。 
さぁ次は江ノ電で移動だ・・と思ったら早くも休憩タイム、今日の休憩は何度あるのかなぁ~と、ふと頭を過ぎる。 

鎌倉駅から江ノ電4番目の駅、極楽寺駅に着いた。 
紫陽花の美しさで知られる成就院へ向かってみたが、境内から望む由比ガ浜の海岸は、もう夏の海だった。 そして次の極楽寺へと足を向けるのだが、途中でオバサン2人(僕が一緒してるオバサンたちより少し年上)から、紫陽花は咲いてるか?と、聞かれた。 まだですよ!と応えたところ・・それじゃ止めようと、そのオバサンたちはきびすを返してしまった。 
考えてみれば、紫陽花が咲いていない階段参道は結構キツイかもしれないなぁ~と思った。 極楽寺を拝観しながら、供の女3人たちは・・こんな早く極楽に来てもしょうがない・・なんて、まさにしょうがない話をしだす始末・・気付けばもう昼過ぎ・・興味のほとんどはランチになっている。 

あ~だこ~だのの末に、隣の稲村ヶ崎駅でランチをとることになったのだが、結局そこに1時間超たっぷりいることになった(笑)。 

次に向かったのは長谷観音で有名な長谷寺である。 初めて拝観した長谷観音は荘厳だったが、垣間見える商業主義にちょっとだけ閉口した。 

鎌倉散策のフィニッシュは、やはり大仏である。 上手くは表現できないが、古人(いにしえびと)の国家護持の思いが伝わってくる。 それにしても、こんな狭隘な土地に幕府を開くなんて、どんな世界観から来るのだろうか。 

815年後の今も、古都鎌倉が人々の心をしっかりと引き付けているのは・・何なのだろうか・・と考えている僕の横で、お土産買うの忘れちゃったと、鎌倉駅ホームの売店を精力的に覗いて回る女3人を・・・極楽は将来受け入れてくれるのだろうか・・と思った今日この頃である。

 


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