
明日から8月、板柳に戻り住みついて半年が過ぎようとしているのだが、最近では一昔前からいるようにデカい顔して町内を歩いている。 さらに放課後は・・何となくではあるが行きつけの店もでき、たまにではあるけれど、一人でぶらりと寄ったりしている。 どこの店も帰りが徒歩5分圏内のため、かつてと違い、帰りの手段を気にせず気持ち的には非常に楽である。
袖振り合いながら町内の人たちと話す何気ない話題でも、僕にとってはホントに新鮮だ。
たまたま入った店のママさんが、中学時代の一つ後輩だったり、隣りに座った人が遠縁の親戚だったりする果てには、軽い挨拶程度で行ったのが、ついつい深酒になってしまうこともしばしばである。
そんなある夜の出来事なのだが・・・。
どうしてもその日のうちに打ち合わせたいことがあり、友人とあるスナックで待ち合わせた時のことだった。 ホントは電話でもよかったと思ったけれど、たまには・・てな訳で、その店で会うことにした。 会って数分で用件は済み、あとはストレス発散タイムである。 そこそこ時計が回るにつれて、寂しがり屋のオッサンやら、やり手のチーマーに引きずられるように同伴したオヤジたちで満席状態。 それぞれバラバラなのだが、上手くもないカラオケで妙な一体感を醸し出していた。
さらに時が過ぎれば、代わるがわるに用を足しに行くのは、酔っ払いとしては当たり前の生理現象である。 僕も機を伺ってトイレに立とうとした・・その時だった!
視界をほんの少しかするように、人影・・それも女性がトイレに向かった(ように思えた)ので、上げかけた腰をスツールに戻した。
しかし、数分しても出てこない(ように感じた)ので、気にはかかったがもう少し待つことにした。
先ほどからハシャいでいる同伴オヤジが、歳不相応にチーマーと唄うカラオケに気を取られ、何の気なしにトイレに向かった。
結構な音量に埋まっていた店内ではあったのだが、それなりの気配を感じドアをノックした。
「・・コン・・・・・」という返事があった(ような気がした)。
仕方なくトイレ傍に立ち、携帯をいじっていたのだが・・・。
3分程した時、カウンター越しにママさんが僕に声を掛けてきた。
僕はトイレの方向を指差し、両手の人差し指をクロスさせ、中に先客がいるとジェスチャーして見せた。 店を見渡したママさんが、僕のところまで来て・・・誰も入ってないわよ・・と告げながらドアノブを引く。
かすかにキシミをあげて・・ドアが開いた。
誰もいない・・・。 寒気を感じた(気がした)。
渡されたオシボリを取りながら、酔いが廻ったのか・・と思い込むことにした。
・・・・・・。
店を出たらさっきとは違い、久々の雨模様。 これは誰の傘でもないよね・・と言いながら、貸し渡された女物の傘をさしながら帰宅した。
昨日はあんな雨の中、タクシーで帰ってきたの?と、翌朝家内に言われ・・、店で傘を借りて来たんだ・・・と、返事をしたのだが・・。
借りた傘なんてどこにも無いわよ・・・との予想外の話に、背筋がゾッとした・・・。
名付けて、スナックの花子さん!・・そんな不思議な体験もできるこの町は・・・選挙以外でも、結構スリリングな町かもしれないと思った。
松森俊逸のブログ読者はどう思うだろうか?
どう評価されるのか?ある意味それが一番怖い・・と思っている今日この頃である。
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格差社会が社会問題視されて久しい。 世の貧富差は増したように言われ、勝ち組と負け組が、いつしか都会と地方に置き換えられて言われるようになった。
本県は有効求人倍率が常に全国の最下位周辺に低迷し、基幹産業の農業には明るい展望は見えない。 地元で新卒高校生の就職先を見つけることは至難の業だし、親たちが展望を見い出せない農業に、その子らはもっと期待を持てないのも至極当たり前のことであろう。
しかし、僕らはホントに貧しいのだろうか?
俗に言うバブル経済全盛期、僕は東京で生活していた。 当時は家族3人で、トンでもないほど狭く、そしてトンでもなく家賃が高い都会のマンションに住み、青森ではマンションが借りれる金額で1台分の駐車場を借りていた。 その他あげれば切が無いようなトンでもない物価環境で必死に生活していたものだった。 都会での生活は、基本的には現在も変わりはないように思えるが、どういう訳か?都会は豊かだという妄想が、僕らの周りにあるような気がしてならない。
持ち家であれ借家であれ、都会と比べて断然広い住環境で本当に恵まれた食生活を送っているのに、なぜ都会が豊かに見えるのだろうかと、僕はいつも不思議に思っている。 TVから流れるヒルズ族の生活や、トレンディドラマでOLが住むこジャレたマンションが、現実離れした虚構だと気付くこともできないのだろうか!
僕らは結構豊かに暮してる!・・のに、先が見えないから不安が募るんじゃないんだろうか?と、ふと思う。
・・・家庭の所得が高いほど、また親の学歴が高いほど、子どもの成績がいいという事実は常識で、教育における平等神話はもう存在しない。 小泉首相が登場した2001年頃を境にあらゆる平等神話は崩れ、特に家庭の所得格差が学力格差に結びついてしまった・・・などと、TVの討論番組で、とあるコメンテーターが偉そうに言っていた・・が、僕はそうは思わない。
たとえば、東大入学者の出身校が教育費の安い公立から高い私立へとシフトしていると言われるが、保護者の職業構成は以前と全く変わっていないことがわかっている。 このことは取りも直さず経済力とは違うファクターの、言わば文化力とでも形容すべきものがあるのではないかと僕は思う。
今、僕らのふるさとを振り返るとき、基幹産業を担う農家に文化力は果たしてあるのだろうか?
自分の生まれ育ったふるさとをきちんと評価できる子どもを、僕らは育んできただろうか?
農業に対する思いをきちんと子どもに伝えてきただろうか?
ダメなら農家を継げばいい!と、ネガティブな姿勢を子どもに発信し続けてはこなかっただろうか?
目的意識を持たせることなく、子どもに進学した既成事実をつくるためだけの進学をさせてこなかっただろうか?
僕らの文化力を上げ、自立心ある次世代を育てることが一番大切なことのように思えてならない。
格差がついたらそれで最後、二度とその格差を縮められることなく一生終わるのではないかという、将来に対する不安感・・・。それこそが、今の地方が抱える格差問題の本質!なような気がしてならない。
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自民惨敗で終った今回の参院選を振り返えれば、マスメディアに振り回された有権者心理が透けて見える。 バラエティショー化する選挙報道は、果たして日本の行く末をどこに導こうとしているのだろうか?
開票状況を速報する在京キー局の報道番組では、各局それぞれが自民党本部からの生中継で、安倍総理や中川幹事長から、何とか政局がらみの言質を取ろうと、半ば無茶苦茶な質問を浴びせ続けていた。 ある女性キャスターにいたっては、ヒステリックに止めるのかとの質問を安倍総理に繰り返す始末で、まさに噛ませ犬状態である。 これをバラエティショーと言わずして何であろうか。
同席する評論家やコメンティーターも、タレント候補の選挙活動を週刊誌的に編集したVTRの合間に、過激トークを繰り返す。 かろうじて、政治担当記者のコメントが番組の理性を保っていたように思えるのだが・・。
「年金問題」「政治とカネ」「事務所費問題」・・・etcと、今回の参院選には話題が事欠かなかった。 しかし、毎日毎日ヒステリックに報道されたこれらの問題の解決が、本当に私たちの住む社会を豊かにするために、一番先に解決しなければならないことであるのだろうか?
ひとつ一つの問題に関する僕の考えを述べることは、決して簡単ではないので、またの機会にしようと思うが、少なくともこれらの諸問題より、もっともっと大事なことがあるような気がしてならない。
ある報道番組のインタビューに安倍総理が、自民惨敗の責任は自分にある・・が、総理としての責任を果たしていく・・と言った。 数分後、安倍総理が続投を表明・・と、速報が流れた。
各放送局の番組それぞれに時間を割かれ、同じようなヒステリックなインタビューを受けているこの国のリーダーを見ていて・・、総理の資質は別として、わが国の総理にこんなことをさせていていいのだろうか?と、ふと思った。
マスメディアによって創り上げられる政治、大衆に迎合するポピュリズム政治の先にあるものは、決して私たちの未来を約束するものではない・・と思うのは僕だけだろうか。
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このブログで何度も取り上げてきたが、僕はどうしてもタレント議員やそれに類する人たちには政治をしてほしくないという思いが強い。 彼らを支持した有権者たちも、彼らの議員活動を最初から期待してはいないだろうし、政党も彼らがいなくても国会運営に支障をきたすこともないだろう・・ということを知っているからだ。 そういう僕も、かつてある元オリンピック選手の候補を応援したことがあるのだが・・その候補の支援者名簿をお願いに行った先で、オリンピック選手を候補にするなんて何を考えているんだ・・と、ひどく怒られたことがあった。 しかし、当時はたとえ政治的に無能なタレント議員でも、野球やレスリング、スケート、スキー・・など、自身の専門分野のスポーツ振興くらいはきちんとできるだろうと思っていたのだが・・・評価に値する実績は皆無に等しい。 知名度からくる集票力をあてにする政党や選挙制度の弊害はあるが、当事者たるタレント議員の実績が彼ら自らの首を絞めているように思えてしょうがない。 まして、官僚と一緒にキャバクラ嬢たちと乱交さながらの私生活をさらし、挙句に当選見込みが無くなるとあっさり自民党公認を返上し、生涯プロレスラーを宣言するような大仁田厚氏などは評価に値するはずもない。 彼にしてみればプロレスショーの延長線上で、場外乱闘をしたくらいの議員活動だったのだろうか? 元日ハムの新庄剛志氏や横浜FCの三浦知良氏なんかの出馬も取りざたされたが実現しなかったのは、取りも直さず本人たちのセンスもさることながら、彼らのブレーンがしっかりしているのだろう。 板柳に遊説に来たプロレスラー神取忍議員の話を聞いて・・そう思った。
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昨夜このHPを通じて、町幹部と自称する者からメールが届いた。 その内容を要約すると、先の選挙での僕のマニフェスト(公選法で認められているビラ)に書かれている町財政に関する資料の数字がいい加減なものであり、併せて僕のアップルモール建設に対する主張(厳しい財政を考えれば排水路のみの最小限にすべき・)もおかしいものだと言っていた。 かなりの長文メールだったのでここには載せないが、具体的に書かれていた数値などから推測すると役場関係者であろうと思われる節がある。 以前もこのブログで書いたことがあるが、町内の飲み屋でたまたま隣りに座った町幹部さまから、半ば冷やかし気味に・・見てるよと言われたこともあったのだが・・。 もちろんその人間は今回のようなメールを書けるような人間ではないのだが(笑)・・。 ともあれ、今ここで長々と町財政について述べる気は毛頭ないが、僕のマニフェスト中の各種数値は全て役場が作成した資料に基づいているものである。 さらにアップルモールについては、僕が収入役でいた財政にまだ余裕があった時期でさえ、建設予算はおろかのちの維持費も捻出できないほどだった。 なぜこの時期に更なる膨大な借金を重ねてまで建設するのか理解できない。 夏場の悪臭などの環境の悪化については僕だって十分理解している。 よって、排水路部分だけの整備にしておくべきだったと今でも考えは変わっていないのだが・・。 蛇足だが、80歳を過ぎた老人が事務所に来た。 その初対面の老人は、この前の連休中、老人会からの呼び出しでアップルモールの草取りと清掃のボランティアに炎天下駆り出されたと言っていた。 ボランティアが終った時、労いの言葉もなく1本の缶ジュースを手渡されて、草が伸びたらまた連絡すると告げられたとのことだった。 町の環境整備を考える時、公園整備は必要だと僕も考える。 しかし、その維持と費用対効果を思えば、生産性が目に見え難い公園整備は慎重であるべきだ。 岩木川原にも公園があるし、やふるさとセンターもある意味公園だろう。 その老人が帰り際に、役場の人間が率先してやるべきじゃないか!と話していた。 メールをよこした自称町幹部に物申したい。 こんな時期だからこそ、あんたらがもっともっと町民感情を汲み取って行動しなきゃならないんじゃないの! 僕の揚げ足取りをする暇があったら、せっかく造った公園だから、老人会に頼るより、せめて休日には自分で掃除でもしてみたら如何だろうか!?・・と思った今日この頃である。
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夕食を終えテレビCMを観ていて・・ついつぃ吹きだしてしまった。 皆さんもご存知だろうが、上戸彩さんが出る携帯電話のCMなのだが、どういう訳か?兄が黒人で父が犬なのだ(笑)。 このCMを観た当初、家族構成の設定などが理解できなかったのだけれど・・見慣れてくるとだんだんツボにハマッてしまった。 極めつけは、犬のお父さんが言う「お前にはまだ早い!」という台詞である。 皆さんも自身の人生を振り返れば思い当たることがあるのではないだろうか! まだ親のスネかじりだった時代、いろんな場面で出くわした・・ある時は不愉快極まりない、そしてある時は心の自家中毒を起こしそうになったフレーズではないだろうか。 今、自分が親になり知らず知らずのうちに同じ言葉を子に言っている。 そのことに気付かされたCMである。 このCM製作者の意図はわからないが、現代日本の家族や親子のあり方、特に父親への価値観をシンボリックに表現したかったのではないだろうか。 同じ屋根の下に住んでいても、1階と2階でメールし合う親子なんかはごく当たり前のようにいることからも、日本の核家族は更に進化し続け、今や個の集合でしかないように思える。 そんな時代、善し悪しは別にしてみんなをつなぐ唯一最強のツールが携帯電話なのだろう。 犬のお父さんもその複雑な親の思いを伝えたいのだけれど・・それができない。 そこで言える言葉が「お前にはまだ早い!」なのだろう。 人生の機微を味わった大人だけが言える、甘いも辛いもしょっぱいもたくさん詰まった言葉なのだ。 不器用ながら一生懸命に家族を守って頑張るお父さん役は、犬がお似合いなのかなぁ~・・そっかー、僕ら世のオヤジたちは犬なんだぁ~と、妙に納得してしまっているのは・・果たして僕だけだろうか?と考えている今日この頃である。
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この連休中、町内での会合の帰りに・・ちょっと付き合えと言われある店に寄った。 しばらく取り止めもない雑談をしていたが、そこに町内の大先輩が入って来た。 そこそこの社交辞令を済ませ連れのカラオケに手拍子を合わせていたその時に、突拍子もなくその大先輩が言い出した。 まさに酔い覚ましには持って来いの話題(苦笑)、町の合併問題をである。 その御仁いわく、合併について松森君は民意を反映していないからダメなんだ!弘前との合併を真剣に考えるべきだ!・・とノタまったのを聞き、軽く流そうと思ったのだったが・・。 次から次と僕への批判を口にして止まない。 いくら大先輩と言っても、まだ酔いもしてないのに・・これは確信犯だと思い、少し辛らつではあったけれど言い返すことにした。 町民が望む弘前との合併を早い時期に壊したのは現町長であり、鶴田町との合併協議を進め、そして壊したのも現町長だと・・。 先輩あなたは一般町民ではなく、町の幹部を経験した方だから理解してるでしょう!・・と、たたみ掛けてみた。 そうしたら次にその大先輩が、いくら借金しようが町民のための事業なら致し方ないと・・ニヤニヤしながら言い放ち、自分は年寄りだから難しいことはわからないととぼけてしまう始末。 自分で仕掛けてきながら真正面から議論もできないこんな人間が、未だに町政に蔓延っていることにホトホト疲れた夜だった。 悠々自適?の大先輩なら、いま少しふるさとの行く末を考えられないものなのだろうか? こんなじぃさんにはなりたくないと思った出来事だった。
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先週末、友人から宵宮へ誘われた。地域の氏神、八幡様の宵宮で5年に一度と聞いているが、僕は3度目である。 約束の時間に少し遅れて友人宅を訪ねたが、古くからの顔見知りたちに気を許し、駆けつけ三杯で楽しい時間を過ごさせてもらったが、中には酔いながらも真顔で、松森!次も頑張れ・・と、激励されて嬉しくなった。 酒宴がすすみ、麻雀に興じる者もいて、なかなか席を立つタイミングをつかめなかったが、手元のお酒を一気に飲み干し、お宮参りに行くのでと席を立った。 自分もまだだからと言いながら一人の友人も一緒してくれた暗がりの道の向こうには夜店の明かりが煌々と光っている。 ほどなく着いた境内で、偶然いた顔見知りの夜店のオヤジに、松森俊逸!次も頑張れ・・と掛けられた声を背に拝殿した時、ほろ酔いの頭の中に誰かの声が・・頑張れ!・・と、響いた気がした。 タクシーを待つ道端で見上げた空には星がいっぱい・・・みんなに励まされ続けた宵宮の夜だった。
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休日昼の情報バラエティ番組に小泉チルドレンこと杉村太蔵議員の話題があった。ぶっきらぼーにマスコミに応じながら議員宿舎に入る彼をTVで見て思ったことがある。 それは、顔つきが悪くなった!ということだ。 もともと杉村太蔵氏に議員としての資質なんてあるとは、少なくとも僕は思っていないが、議席を持った頃の彼の言動には、今時の若者の考え方があったように思えてた。 しかし、その後彼の学生時代、子供が出来た婚約者を捨て堕胎させたスキャンダル( http://magazine.yahoo.co.jp/result/ 2005年zassi.net記事大賞)が大きく報じられたりして、なかなかきつい議員活動を強いられていたようだったのだが・・。 ところがである・・、その彼が賛否両論渦まいた、例の赤ちゃんポストについて自身のブログで以下のとおりコメントしている。 『まったく個人的な感想ですが、まず名前が嫌ですよ。 赤ちゃん“ポスト”とは何ですかね。 ・・中略・・ ただね、ここで政治家として国民の生命を守る責務を負った立場から一言申し上げると、どのようなご時世であろうとも、常識ではおよそ考えつかないような、とんでもなく無責任な親は、たとえ数は少なくても絶対数存在する、となると、「産んだはいいけど、育てられない」よって、例えば赤ちゃんをロッカーに入れてしまうだとか、捨ててしまうだとか、そうした胸が張り裂けそうになるような事件が起きているのも事実です。生まれてくる赤ちゃんには何の罪もないのに。 ・・以下略・・ (全文を読みたい方はhttp://www.sugimurataizo.net/2007/03/post_269.html)』 政治家としての資質の無さに呆れるばかりである。 罪もない赤ちゃんをお前はどう扱ったんだ!と言いたい。 最近生れた彼の乳飲み子の長女をどんな思いで抱いているのだろうか?・・・・・。
続きを読む "代議士の資質 (杉村太蔵の赤ちゃんポスト考)。"
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最近よほどの時以外はスーツを着るのを止めた。 今日は過ごしやすい気温だが、なかなか暑い日が続いたのでスーツを脱ぎ捨てネクタイを外すと爽快そのものである。 以前から感じていたのだが、特に農家の人たちには、スーツやネクタイに対して筋違いの反感やコンプレックスがあるようだ。 いろんな会合やらプライベートで友人なんかと一杯やってる時でも、隣り合わせた人間(こちらはまったく知らない・)に・・いい気になってイカ下げやがって・・な~んて絡まれることがよくあった。 正直言って愉快なことではないし、僕に非があるとは思えないのだが、触らぬ神に・・の心境で、いつも適当にかわすのが常だった。 僕は餅屋は餅屋といつも思っている。 米でもりんごでも農政に関わることにはそれなりの自負をもっているが、生産技術はもちろんない。 同様に農家の方に、条例制定や様々なことで行政関連の仕事をしてほしいと言っても無理だろう。 しかし、圧倒的に農業関係者が多い地元で活動するためには、さしあたってスーツを着ないことが有効だと気付き始めている。 案の定ポロシャツにチノパン姿で町を歩いてると、結構声を掛けられるようになった。 お高くとまってる気持ちなんてさらさらないのだが、飲み屋で絡まれることも無くなった。 しばらくはこの乗りでと思っているが、困ったことに俗に言う普段着をあまり持っていない。 スーツやYシャツは売るほどあるのだけれど・・。 ユニクロでも行かなきゃ・・と思っている今日この頃である。
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訪問者数が昨夜9,000カウントを越えた。 昨年の11月から約8ヶ月、平均30カウント/日である。自分で言うのも何だが、決して面白い(webの性質上面白くできない・)HPではないのに9,000回も閲覧されるなんて驚きである。 何とかもっと面白いHPにしたいといろいろ考えているのだが・・政治のバラエティ化を嫌う僕にはなかなか難しそうである。 ともあれヒット数の多いHPにするため頑張ってみたいと思うので、何かアイデアがあったら教えてほしい。 当面は10,000カウントを目指して!と思う今日この頃である。
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今日は月曜であるが・・・皆さんはサザエさんシンドロームという言葉を知ってるだろうか? 青森県では土曜日の夕刻17時30分からの放送だが、東京では日曜日の18時30分にフジTVで放送される番組の定番である。 磯野さんちの温かいエピソードにより本来は心休まる内容なのだが、サザエさんを見終わる時間になると明日の学校や仕事のことを考えて憂うつになってしまう。 サザエさんが終る=休日が終る・・となり、沈んでしまうのが、サザエさん症候群である。 以前は土日を意識しない(できない・)生活を送っていたが、最近は土日の会合やら活動が極端に減ってきた。 必然的に曜日感覚が普通?になってきたのだが・・、とりわけ僕にとっては、風林火山シンドロームとでもいうのが多少なりとも感じられるようになってきた気がする。 身体は休まっているのだが、心まで安らげない・・、ある意味自分でも気付かないストレスの脅かされているのだろうか? 有意義な休日を過ごすことが一番の良薬だと、わかってはいるのだけれど・・。 何とかして心のリフレッシュをしたいものだと思っている。
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暇を持て余し気味の最近、家にいるときは読書三昧である。 ほとんどがハードカバー(新刊書が中心のため・)で、多い月には20冊程を乱読する。 それも4~5冊を並行して読み進めるのが僕のやり方だ。 枕元に2冊、マッサージチェアーの横に1冊、トイレに1冊・・などなど。 よって本屋で本を選ぶとき、何より先にすることは初版月日を確認することである。 かなり興味をそそられる本でも、初版が古い本には(たまに読まなきゃならない文学書以外は・)手を出さないことにしている。 若い頃は読書量が少なかったため、誰でも読んでいるような文学の話題には普段ついていけなかったので、多くの新刊書を読むことで、そのコンプレックスを無くしようと思ったのがきっかけだった。 後に文芸書であれ評論であれ、SFであれ・・、読書での疑似体験は、僕にとって非常に心地いい時間をもたらしてくれることに気付いたのだが・・、不満なことがひとつある。 それは作家自身がメディアに出過ぎるキライが最近顕著だということだ。 一昔前なら作家の名前こそ世に出て不思議ではなかったが、本人の顔すがたはベールに包まれているのが当たり前だった。 そのことが本を一層深遠なものにしていたような気がする。 去年読んだお気に入りに直木賞作家石田衣良著「ブルータワー」がある。 彼の本は全て読破し、それなりの思い入れを自分なりにつくっていたのだが、メディアへの露出が多くなり、その肉声を聞く度にイメージが崩れていくようになった。 知らず知らずのうちに、多分僕(ら)は作品からくるイメージを作家にも求めているのだと思う。 作家がメディア、特にTV番組なんかで現実社会に起こった事件や事故についてのコメントをしているのを見るにつけ、その作家の作品の完成度とのギャップに打ちのめされる気がしてならない。 昔のことだが、かつて好んで読んだ田辺聖子署の恋愛小説も、ある時からぷっつり読まなくなったことがある。 それは、東京の青山墓地に親戚の墓参りに行った帰りに近くのそば屋に寄った時、僕は気付かなかったのだが、家内が僕に・・隣りでカツどん食べてる人、田辺聖子よ、サインもらおうか!・・と言ったのだった。 あんな繊細でわくわくする綺麗な文章を書く人が、こんなオバサンだったのかと大いなるショックを受けたことを思い出す。 あくまで身勝手な僕の思い込みがなせることなのだが・・、作家の皆さんにも少しは理解してほしいと思う今日この頃である。
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参院選が始まるが今回も多彩な、俗に言う有名人候補者が世間の注目を集めている。 具体的な候補者名を出すことは控えるが、共通するのはタレント活動などで皆マスコミの露出度が高い人たちだ。 でも、このような人たちが議席を持っても、所詮役にたたないことにもう気付くべきではないだろうか! タレントに元プロ野球選手や元オリンピック選手・・etc。 彼らはいったい何をしてきただろうか? 元?プロレスラー議員に至っては、バカげたスキャンダルで当選の見込みがなくなったことで大見得を切って不出馬宣言する始末である。要は彼らに議員活動する能力がないことに他ならない。 分かりやすい政治はないと僕は言い続けているが、分かりやすい=簡単・・ではないということを言いたいのだ。 政策を理解できる能力なしでは議員は務まらない。 現状の議会や立法の制度をきちんと理解できて、はじめてその任に相応しいのだ。 今回の参院選がバカげた人気投票に終らず、国民生活の向上に資する価値ある選挙になることを期待して止まない。
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6月30日は僕の23回目の結婚記念日である。 当時ついていたボスの想定外の落選で僕は青森へ帰らなければならず、結婚を先延ばししようと思っていたのだが・・あれよあれよという間に決まってしまった。 今にして思えば無茶な日程だったと思えるのだが、何せ初めて(笑)のことだったので、何の当て(披露宴会場の予約)もなく、まず先に家内の希望だった6月30日の土曜日に結婚することを決めた・・のが、5月中旬過ぎだったと思う。 それからが大変だった。 披露宴会場の手配やら、仲人の依頼やら・・etc。 馴染みのホテルの方を拝み倒し先約を他へ移動してもらったり、仲人をお願いしたボスの先約日程をキャンセルしてもらったりで、大変迷惑を掛けてしまった。 結局のところ招待者の方々へ案内が届いたのが、6月15日くらいになってしまい・・、今ではめずらしくない時代になったが、松森は出来ちゃった婚(長男が生れるのが2年後・)だよ!なんてことを言われたものだ。 当日6月30日も、ボスについて日程(確か三沢の保育園での会合だったと・)をこなし、結婚式会場には仕事先から昼過ぎに着いた。 滞りなく一連のセレモニーをこなし、翌日から1週間の休暇をもらって行った旅行先で、過労からの発熱にうなされてほとんどの時間をベッドで過ごしたことを思い出す。 しばらく経って、友人たちへ家内が挨拶状をつくっていた。 何とかジューンブライドに間に合いました・・幸せになります・・と、そのハガキには書かれていた。 6月の花嫁、ジューンブライドの意味をその時初めて知った。 異郷へ来る覚悟だったのかもしれない・・・と、今だから思えた今日この頃である。
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