
3月14日から24日まで、いわゆる予算議会が開かれましたが、松森が行なった一般質問の内容を記載します。 尚、町長はじめ町側からの答弁につきましては、松森の質問意図と町長等からの答弁とに、かなりの主観やニュアンスの違いが認められるため、精査ができたものから、松森の意見も含めて記載します。
(序文)
私のような若輩者でも、自らの志しを政治に求め、早二十八年が経ちます。この演壇に初めて立ったのも、平成七年七月の収入役就任時の挨拶でした。
私自身の収入役人事に不同意だったり、欠席をした議員もいたのを目の当りにして、議員の職責の重みや影響力に目をみはったことを、昨日のことのように思い起こしますが、私の町政への思いや信念は当時と、いささかも変わりはなく、以前にも増して、ふるさと板柳への思いを強くしています。
そのような中、昨年は、当時や、そして現在町議の方々他からの話しを受け、熟慮の末、町長選に挑みました。結果は私が得た三、八六八票を一、〇二二票上回り、現職が町政トップを担う結果になりました。
私は在野から町政への関わりを続けるべく行動しようとしましたが、民間からの声などは届くような町政でもなく、非常な閉塞感に苛まれました。
ふるさと板柳の現状を直視すればするほど、疲弊した町がそこにはありました。この状況を看過することを是とせず、今私はここに立ち、町民の付託に応えるために一般質問を行ないます。
(合併問題)
最初に合併問題について質問します。
昨年の町長選での主な争点は合併だったと、私は認識していますが、そもそも、なぜ合併しなければならなくなったのでしょうか。
端的に言えば、国の財政が厳しくなったので、地方には、今まで通りお金を出せないよ、だから少ないお金でやりなさいよ・・という訳で、行政効率のいい自治体規模に向けて国が押し着せたことが発端でした。
余程の人でもない限り、自分のふるさとが合併で、その名前なんかがなくなったりすることを喜ぶ人なんていないだろうし、私もそんな一人です。
しかし、事が板柳町の主体的存続に関わる重大なものなら、訳は違います。
町長は町民に対し、もっと合併についての情報を積極的に開示し、全町的議論を迅速に促すように行動すべきだったのではありませんか。
去年の町長選で、私は、町の財政を健全化するための手法としての、近隣自治体との対等合併を訴えましたが、そのことは、板柳町もしくは合併して出来上がるであろうと予想した新自治体の、未来永劫の財政安定を担保するものとは考えていませんでした。あくまでも、急激に悪化する財政事情に鑑みての緊急避難的ものと捉えていました。
ところが、私の主張に理解を示す有権者の方ですら、非常に観念的ではありましたが、それなりの割合で、既に実現不可能な弘前市との合併を望む声を聞きました。
板柳町は当初弘前市を中心とした津軽南地区合併協議会に参加していましたが、平成十五年七月二十九日に当時の金澤弘前市長が板柳まで来て、一緒に法定協をつくろうとの要請を受けてから程なく、九月二十八日に弘前市を中心とした津軽南協議会から離脱し、鶴田町との合併をめざすと決めました。
その主な理由に、町民アンケートが小さな枠組みを望んだとか、議会特別委員会の答申を尊重したとか、あなたは言いました。
津軽南協議会に参加していた時期である平成十四年八月から、既に鶴田町とは計三回の議員同士の意見交換会を開き、首長同士でも随時情報交換していた甲斐があってか、津軽南協議会離脱からものの一ヶ月後に、鶴田町との任意協を設立し、平成十七年三月までの合併を確認しました。
その後は順調に協議を重ねていたと思っていましたが、平成十六年十一月二十五日、鶴田町との合併協議会離脱を臨時議会で決め、途中で合併促進の署名運動などがあったものの、平成十七年四月二十日に法定協の解散が決まりました。
この一連の流れの中で、板柳町民に対する説明は、平成十七年一月に行なわれたもののみで、既に実質的には、合併協議離脱を決めてしまってから行なったものでした。
町長あなたは、弘前市と袂を分かつ時には、町の将来を冷静に議論した議会特別委員会の意見を重く受け止めたと言い、弘前市との大きな枠組みでは、今までのような町づくりができなくなる懸念があるが、鶴田町は農業中心で考え方が似ており望ましい相手だと語っている。
次に鶴田町と袂を分かつ時には、鶴田町とは合併の狙いや基本的な考え方、行政の手法の違いがあるという、極めて抽象的な発言で離脱を主張する、板柳町側の合併協委員の考えを尊重して、法定協解散まで突き進んでしまったが・・
町長あなたを含めて十四人の板柳側委員のうち、議長と特別委員長の二人の議員以外は全てあなたが選んだ人たちです。
当時の地元新聞にも二度にわたって、当町の合併問題の社説が掲載され、合併協議者の説明責任が果たされていないと論じられていました。
合併問題を議論した直近の議会でも、南方面とか、津軽広域連合エリアとか、あなたは発言しているようですが、具体的ビジョンは持っていないのではないかと、疑いたくなります。
私はこの合併問題について、自らの公約にしたあなたのリーダーシップは微塵も感じられないばかりか、何を狙ったのかは知らないが、その底流には計り知れないものが隠されている気がしてなりません。
そこでお尋ねします。
どんな事情であれ、当町がたどった合併問題の変節は、町長たるあなたに大いなる責任があると思いますが、そのことへの責任をどうお考えか?
(町財政)
次に町財政の見通しと町民負担率について質問します。
昨年六月に成立した地方公共団体の財政の健全化に関する法律は、本議会に提案された平成二十年度予算の決算から適用されますが、その健全化判断比率である、四つの比率を監査委員の審査に付した上で、議会に報告し、公表しなければならないと定められています。
四指標のうち、将来負担比率の算定係数に未知数があったり、連結実質赤字比率の判断基準値に五~一〇%高い財政再生基準を三年間適用する経過措置などがなされるので、一概には判断できませんが・・
現在に至るまで、新聞報道で、何度もその試算値が報道され、早期健全化基準に、板柳町が当てはまる報道がなされました。
先日受けた議案説明でも、予算総括資料に、財政健全化団体となりうる事態も懸念されるという表現が使われていたのを見、まさに気の重くなる思いです。
当初予算規模は近年にない緊縮予算で、基金残も底が見えました。
私は、平成二十年度一般会計歳入の中で、その半分を占める地方交付税、特に普通交付税の四・一ポイント増を見込んでいることを懐疑的に思っています。
財政事務方がはじいた、二十一億八千三百万円に対して、一億二千七百万円を増額査定した資料を見て、実質的なカラ財源を連想してしまいます。
歳出では、予算要求額を約五億六千万円、減額査定し、特に普通建設事業で、町民生活の環境整備に身近な単独事業費を、予算要求額が約二億円あったのを、一億三千万円減額査定し七千万弱の予算が計上されています。
町当局から出された他の資料の中には、将来、町の生活環境を維持することが困難なのではと思うような数字が入ったものもありました。
そのような財政事情を鑑みるに、歳入の自然増が期待できない以上、町税や保険税などの増税を視野に入れてるわけではないと思いますが、今後どのような財政運営を図っていくつもりなのか教えてもらいたく、二点についてお尋ねします。
一、 今後の財政見通しは?
二、 今後の町民負担率の見通しは?
(板柳中央病院)
次に板柳中央病院について質問します。
私は、公立病院の経営は、その位置付けからして、単純に対費用効果的に捉えるべきではないと考えています。
少し観念的ではありますが、民間病院とは違う、地域住民の生命の砦とでも言うべきものが、公立病院にはあるような気がしてなりません。
しかし、残念なことに現在の板病は、当町の存続すらをも脅かす施設となってしまいました。
今後も自治体病院を取り囲む医療環境は、もっと厳しいものになると予想されます。
そのような中、財政支援措置を盛り込んだ、公立病院改革ガイドラインが、総務省から出され、抜本的な改革が待ったなしの状況になったものと思います。
ガイドラインでは、三年以内に経営効率化を進め、一般会計からの補てんも含め、経常黒字に転換し、経営形態の見直しを行なう場合は、五年以内の実現をめどにプランを作成することを求めています。
また、病床利用率が三年連続で七〇%未満なら、診療所への転換が明記されています。
町長は、財政支援措置の算定基準の緩和を国や県に求めて、できるだけ早く不良債務の解消に努めると先日述べたが、果たして本当にそのことが可能と考えているのしょうか。
そこでお尋ねします。
あなたは、かつて板柳中央病院のことを、相当な費用を掛けて、専門の医療コンサルタントに調査等を委託したと聞きましたが、その結果を教えて下さい。
(板柳町集中改革プラン)
次に集中改革プランについて質問します。
私の手元には、平成十九年五月現在の取り組み状況の資料しかありません。
それ以後、平成十九年度末までに達成したものがあったら教えて下さい。
(保育所問題)
次に保育所問題を質問します。
平成十六年度に町が策定した保育所統廃合実施計画において、板柳保育所を町で運営し、多様化した保育への取り組みを図るとあり、残り六施設を民間法人に移譲し、運営費等の削減を図る明記されています。
さらに具体策として、
◎板柳保育所を存続して、残り六施設は民間移譲する。
◎正職員のみ板柳保育所運営にあたり、余剰職員は任命換えで他部門へ異動。
◎臨時職員は極力民間保育所で雇用するように条件を付して推進する。
◎民間移譲する際は、建物は無償譲与、土地は無償貸与とする。
◎民間移譲の際は、社会福祉法人格を有していなければならない。
◎毎月町から入所人員相当の国基準の措置費を交付する。
◎民間移譲の際は、公募によって委譲を推進。
・・と記されています。
現在は民間移譲が済み、六施設とも同一法人が運営していると聞きますが、
そこでお尋ねします。
一、 公募の方法と公募内容に建物の無償譲与および土地の無償貸与の記述はあったのか?
二、 応募に必要だった書類他は何だった?
三、 公募から締め切りまでの期間は?
四、 応募法人数は?
五、 応募資格に定めた社会福祉法人は、乳幼児保育の実績が全くない法人でも可とすることを当初から想定したのか?
六、 無償譲与および無償貸与した施設の概要は?
七、 施設付帯の備品類の概要と処分は?
八、 正職員および臨時職員への辞令交付時期は?
九、 本事件で特に、議会承認を求めた根拠法は?
十、 板柳保育所の運営方針転換の理由は?
以上、質問します。
(りんごワーク研究所ほか)
次にりんごワーク研究所とふるさとセンターについて質問します。
集中改革プランでは、ふるさとセンターに指定管理者制度の導入を平成二十一年までに図る旨が記されてますが、現在でも、ふるさとセンターの管理運営は、りんごワーク研究所に委託している訳だし、どうしてこうするのか理解できないでいます。
ともすれば、りんごワーク研究所の経営形態の変更でも考えているのかと、つい憶測したくなります。
そこでお尋ねします。
一、 りんごワーク研究所の経営状況は?
二、 りんごワーク研究所の商品のロゴマークの著作権は誰が所有しているのか?
三、 りんごジュースのビンやその他商品のパッケージの製作で、ロゴマークの使用料などはかかっているのか?
もし、かかっているのなら、年間どの程度なのか?
(公共工事)
次に公共工事について質問します。
平成十八年度および十九年度の工事発注実績の資料を見て、事業量が年々減る中で、かなりの工事高を町外業者が上げてるように思うが何か特別な理由でもあるのかと不思議に思うのは、私だけなのでしょうか。
そこでお尋ねします。
一、 町外業者を参入させる基準は?
二、 町内業者育成の観点から、年々工事量も減ることに鑑み、もっと町内業者に配慮すべきでは?
(あっぷるモール)
次にあっぷるモールについて質問します。
恥ずかしながら、議員になって説明を受けて初めてわかったことがありました。今までは、あっぷるモール整備事業が、鶴田足水堰と鶴田枝川堰の両方を一体的に整備していたものと勘違いしていました。
長年、流域住民を苦しめていた悪臭の元凶であった鶴田足水堰は、雨水排水事業として四億一千六百万円で施工し、あっぷるモールは、都市公園緑道整備事業で行なったということでした。
総事業費十六億五千四百万円、内訳は国庫ほかの補助は五億五千二百万円で、残りは町一般財源から一億七千三百万円と借金である起債、九億二千九百万円をそれに当てたということでした。
このことを聞いて、ある意味憤りを覚えます。 私が収入役として勤めていた、町の保有基金が十億円を下ることがなかった時代でさえ、この事業は金が掛かり過ぎるからと言って、実質凍結されていたものを、なぜこの時代に整備しなければならなかったのかと。
町財政が豊かなら、大いに結構な事業だしょうが、地域社会が疲弊し切ってる感さえある昨今、どうしてこのような事業をしたのか不思議でなりません。
滞留排水の悪臭対策のための事業だけにとどめるべきだったのではないですか。
あげくに、全エリアの維持管理費に百万円を予算計上してますが、それでどのような管理を期待してるのでしょうか。
そこでお尋ねします。
一、 町長あなたは、どのような経緯で本事業をしようと思ったか?
二、 あなたにとって緊急性が高く、町民生活に欠くことのできない事業だったのか?
(企業誘致)
次に企業誘致について二つ質問します。
一、 現在に至るまでの実績は?
二、 今後の見通しは?
(都市計画)
次に都市計画について質問します。
ご存知のように、都市計画街路のあみを掛けられた路線は、公共の福祉の名のもとに、そこに住む住民の私権をも制限します。よって、その主旨に沿ってできるだけ速やかに都市計画を推進すべきものと考えます。
よって、その都市計画の意義が、時代の趨勢や何らかの要件により希薄になったなら、いたずらに放置することなく計画を変更すべきものと考えます。
そこでお尋ねします。
一、 通称東雲町は三十有余年にわたり都市計画街路の整備がされることなく現在に至ってますが、当初の状況と違い、三三九バイパスもありますから、変更したらいかがか?
二、 津軽りんご市場の中に、都市計画街路が存在しますが、これも早く変更の上、市場に払い下げたらいかがか?
(国際交流)
次に国際交流について質問します。
当町の国際交流の基幹は、昭和四十七年から始まった米国ヤキマ市との姉妹都市提携と、平成五年から始まった中国北京市昌平区との友好協定であると思います。
ヤキマ市とは延々と三十六年余の交流を続け、昌平区とは十四年の交流を続けていることに、少なからず感慨すら覚えます。
しかし、当町の思い入れは、果たしてヤキマ市の人たちには伝わっているのでしょうか。
この三十六年間で、ヤキマ市から何人の方が当町を訪れてくれたのか。 まさに一方通行の交流です。
毎年のように送り出す中学生たちにとっては、かけがえのない経験だとは思いますが、海外での語学研修やホームスティが、そのプログラムの中心なら、姉妹都市を絡めないもっと違う形をそろそろ模索していいのではと考えます。
また、十四年続く、昌平区との交流にいくらのコストを掛けたのでしょうか。
成田に着けば、あとは日本国内の旅費滞在費を全て当町で持ち、日本国内の視察と称した観光旅行を毎年のように繰り返す交流に、あまり重要性を感じません。
今度はその昌平区に小学生を送り込むことに違和感を禁じ得ません。
昌平区は当町とは比べものにならないような大都市です。
かつて昌平区との友好のシンボルだった観光りんご園は今どうなっているのか。風聞では、荒廃してしまったと聞きました。観光りんご園の門を造りたいからと無心され、百万単位のお金を渡したりしたことを思い起こせば、ただただむなしくなるばかりです。
昌平区では、サッカー場が六十五面もとれる巨大な、りんごを扱うテーマパークをつくっているとの報道も見ました。
私は、国際交流を一概に否定するつもりではありませんが、一方通行の交流や、与え続けるがごとくの交流は是正すべきと考えます。当町の身の丈にあった国際交流をじっくり考える時期ではないでしょうか。
そこでお尋ねします。
一、 ヤキマ市との交流を見直す考えはないか?
二、 昌平区との交流に係る費用負担を見直すつもりはないか?
三、 小中学生の海外研修事業を刷新する考えはないか?
(職員倫理)
次に職員の服務ついて質問します。
町長にお尋ねします。あなたは自身の選挙において、町職員にあなたの選挙事務を依頼もしくは、黙認したことがありますか?
(日本一のりんご・・)
それでは最後の質問をします。
町長あなたは、ことある事に、日本一のりんごの里づくりをめざすと言い、単にりんご生産だけではなく、もっと総合的なものだと話しますが、私はやはり、りんご農家の所得を一円でも多く上げることが先決問題だと思っています。
そこでお尋ねします。
りんご生産農家の所得向上に寄与した、あなたが為した施策は何でしょうか?